コラム

5G時代を迎えてICTはますます日常生活に浸透 〜医療・健康分野へのICT利活用の世界動向と国内の課題〜

木暮 祐一
BBA利活用部会長/青森公立大学 准教授

 一般社団法人ブロードバンド推進協議会(以下、BBA)「BBAモバイルブロードバンドフォーラム」のWEBサイトリニューアルにあたり、コラムのコーナーが設けられました。今後、BBAに関わる様々な方々によりコラムを通じた情報提供をしていきます。トップバッターは私、BBA利活用部会長を務めて参りました木暮祐一より、2019年11月4日にBBA共催で開催した「モバイルヘルスシンポジウム2019」について、シンポジウムで注目された2つの講演と、この開催に至った背景についてご紹介したいと思います。


 世界では、スマホを用いた医療・健康相談サービスが続々とサービスインしています。インドでは「DocsApp」というオンライン診療サービスがローンチしており、スマホの画面から気軽にチャットで健康相談を受けることができ、病状に応じては専門医が相談に乗り、投薬で済むものであれば直ちに薬がデリバリーされてきますし、通院が必要であれば最寄りの医療機関につないでくれます。中国でも同様なサービス「平安好医生」が提供され、すでに3億人のユーザーに使われているそうです。世界に目を向けるとイギリスでも同様にAIを用いたチャットで医療・健康相談が受けられる「バビロンヘルス」がありますし、こうしたスマホを通じた健康相談や診察を受けられるサービスはそれぞれの国の医療提供事情に応じて様々なサービスが登場してきています。

■中国最大手「平安好医生」とインド「DocsApp」

 平安好医生は、2015年に中国の保険会社大手である平安保険の子会社として誕生し、オンラインによる健康情報の提供、医薬品・健康関連用品のオンライン販売、テキストと音声によるチャット、写真、ビデオ等を使用したオンライン診察のサービスの提供を行っています。現在、登録ユーザー数は約3億人、1日のオンライン診療件数は約65万件をさばいているそうです。1,000人を超える専属医師を雇用するほか、3,000を超える病院・医院、32,000を超える薬局と連携し、中国におけるオンライン診療のプラットフォームとして活用されています。
 さらに昨年からは、「一分診療所」と名付けられた無人診察ボックスが街中に登場しています。日本でよく見かける証明写真撮影ボックスほどの大きさの室内には血圧や心拍などを計測するための機器が備えられ、この中で医師とのチャットやビデオ問診によるAIオンライン診療を受けることができるそうです。診察後は、隣に併設された薬剤の自動販売機でおすすめの薬を購入することができます。(写真は平安好医生の一分診療所と薬自販機。)

 一方、インドで最大級のオンライン診療サービスを行っているのが、DocsAppです。オンライン診療、処方を当たり前にすることを目的に5年前に組織されたDocsAppは、医療を受けることができない80%もの国民に、オンラインで医療を届けようと活動を続けてきました。アプリ「DocsApp」を通して患者が症状を入力すると、AIが問診を行ってくれます。症状によっては医師とビデオ通話を通じて診断をしてくれます。AIを積極活用して患者情報の絞り込みし、患者への情報提供をすることで、医師の生産性を上げることに成功し、医師は通常の診療の2倍の売上も達成できているそうです。スタート当初はコンシューマ市場から展開し、実践を積みながら、法人契約、保険会社との契約と市場を広げています。
(写真はシンポジウムでのDocsApp紹介。日本企業の資本も入っている。)

■モバイルやICTを医療分野に活用することで救われる命は増えるはず

 筆者は社会におけるモバイルの利活用を一層推進させていきたく、当BBAにおける部会活動をはじめとして様々なところで社会動向を見ながら様々なアプローチしてきました。そうした中で、医療・健康分野へのモバイルやICTの利活用推進にも深く関わってきました。もともと大学における専門で医療をかじっていたこともありますが、一旦社会人としてキャリアを積んだ後に入学した大学院では、携帯電話を用いた遠隔医療システムの開発を行い、これで博士号を取得して大学教員に転向することとなりました。大学院でこのシステムを開発していたのは2005〜6年頃のことで、ネットワークがまだ3Gの時代に携帯電話上で動作するアプリを通じて遠隔に居る患者の生体情報をリアルタイムにモニタリングできるというものでした。

 しかし、こうしたシステムを学会等で公表するとたちまち医療従事者からその信頼性を問われ、「患者に万が一のことがあったらどうするのか?」といった意見を多数いただくことになりました。

 このシステムの利用シーンとしては、病院等に入院している患者の容態が急変した際に、院内にいるナースから外部にいる医師に対して電話(音声通話)で連絡をとり応急の処置の指示をもらうようなケースで、音声通話に加えて心電図や心拍数、脳波など患者側のベッドサイドモニターから得られる情報を携帯電話のディスプレイ上でリアルタイムに確認できるというものでした。したがって、音声通話だけで伝えきれないプラスアルファの情報が通話をしながら得られるという観点から、緊急時の医療の質をより高められるという説明を繰り返し、医療従事者からの疑問を払拭していきました。

 大学院で考案したこのシステムはあくまでもプロトタイプであり、こうしたシステムによって医療の質を高められるであろうという提案が主体でしたが、なかなか同様なシステムが日本国内では生まれてきませんでした。

 そうしたのち、2008年にはiPhone 3Gが発売され、世界にiPhoneというプラットフォームが普及し、その端末上で動作する様々なアプリやサービスが広がっていきました。それらの中には筆者の考案したような遠隔医療用モニタリングアプリも世界のベンダーから続々と登場し、拡がりをみせていきました。

 さらには、一般のユーザーがもっと手軽にモバイルを通じて医療サービスを享受できるものも期待されています。わが国においてもモバイル利活用の未来像を紹介する映像等で、ユーザーが携帯電話やスマホから気軽に診療を受けられるようなオンライン診療サービスのイメージがこれまでにたびたび登場してきました。

 現在は誰もがスマホを持つ時代となり、このいつでも手元にあるスマホがいざという時に頼れる医療オピニオンになるようなサービスが求められていくと考えています。そして実際にこうしたサービスが世界で続々とスタートしています。今回、モバイルヘルスシンポジウム2019の開催によって多くの皆様に知っていただきたかったのが、中国・平安好医生やインド・DocsAppのような世界で先行するオンライン診療サービスの存在でした。こうした世界の動向も見ながら、わが国の実情に合わせた適切なオンライン診療サービスを関係者のみなさんと一緒に考えていくための第一歩にできればとシンポジウムを企画・開催した次第です。

 わが国ではこうしたスマホを用いた医療・健康サービスの提供には慎重ではありましたが、世界各国でスタートしているこれらのサービスが追い風になってきそうです。これらはわが国では「オンライン診療」という括りの中で、2018年3月にはオンライン診療に対して正式に診療報酬が適用されることになりました。同時にオンライン診療をめぐる診療指針も示され、実際の運用における様々な決まりが定められました。診療報酬の適用はようやくオンライン診療が医療の手段として認められたということで大変画期的なことですが、運用のためにはまだたくさんの制約があり、今後の議論が期待されるところです。

 なお、ITヘルスケア学会では今回のシンポジウムを踏まえ、オンライン診療に関する政策提案を取りまとめ、2020年1月に公表させていただきました。今後も私たち生活者にとって便利で安心してアクセスできるオンライン診療サービスの実現に向けて、引き続きシンポジウムや学術大会等で議論を深めていきたいと考えています。またBBAでも、こうした動きをキャッチアップしていき今後も主催、共催などの形で、社会へのICT利活用をめぐる最新のテーマで研究会やセミナー等を企画してまいりますので、どうぞご期待ください。

ITヘルスケア学会 オンライン診療に関する政策提案はこちら


木暮 祐一 プロフィール
1967年、東京都生まれ。徳島大学大学院工学研究科博士課程修了、博士(工学)。株式会社法研 編集記者、株式会社アスキー「携帯24」編集長、株式会社ケイ・ラボラトリー(現、KLab株式会社)広報宣伝部マネージャー、戸板女子短期大学国際コミュニケーション学科非常勤講師、武蔵野学院大学国際コミュニケーション学部准教授などを経て、2013年より青森公立大学経営経済学部地域みらい学科 准教授。また現在、徳島大学工学部非常勤講師、熊本大学医学部非常勤講師を兼任。