開催レポート

開催報告 ODS第1回研究会 講演②
「伊那市の実証事業取組み事例と走り続けるためのモチベーション」

一般社団法人SDGsデジタル社会推進機構(ODS)は、さる7月29日にODS発足記念第1回研究会「地域でイノベーションを起こす自治体の先進事例とそれを実現させる組織、職員、地域とは」をオンライン開催しました。この研究会では2名の方に講演をいただきました。本稿では講演②、長野県伊那市役所 企画部企画政策課 新産業技術推進係長 安江輝様のご講演内容をご紹介します。

 

「伊那市の実証事業取組み事例と走り続けるためのモチベーション
長野県伊那市役所 企画部 企画政策課 新産業技術推進係長 安江 輝 様 

私は長野県伊那市役所の職員で、今年で勤続27年になります。基礎自治体である市町村の職員として、今までどのようなことをやってきたかということと、そういった中でどのようなモチベーションを持ってきたか、ということを中心にお話しできればと思っています。

伊那市の取組み事例

■数々の実証事業を呼び込む市となったきっかけは有線放送電話の改修から

伊那市は山間部であることから戦後、電電公社による電話の敷設が遅れを取り、その代わりに農協が有線放送電話を敷設していきました。1993年にこれを改修した際、活用方策として当時やはり地方の普及が遅れていたインターネットを、まだ国内で始まっていなかったADSLでやりましょうという話になりました。これが日本で初めてとなった伊那xDSL公開利用実験です。

しかし当時は、もうとにかく何をやればいいのかわからない。それで、みんなメーカーさんが色々なものを持ち寄ってADSLをどうやって繋ぐかっていう手順をホワイトボードに書き出して、いやこれ違うよとか議論の繰り返しでした。この伊那市での実験が、その後、東京めたりっく通信(のちソフトバンクに吸収)など日本初の商用インターネットサービスにつながっていきました。伊那市には「ADSL発祥の地」の碑があります。

じつはこれらは予算ゼロでやりました。当時ADSLをやりたかった人たち、技術者の皆さんと、有線放送を活用したかった我々と利害が一致しまして、じゃあやりましょうってことで始めたのです。伊那市は現在、様々な先進的実証事業に取り組んでいますが、振り返ればこのADSL実証実験がその礎になっているのかもしれません。今も地域が場を提供し、そこに多くの企業がやってきてドローンや遠隔医療を行っています。

私はこの当時から、伊那ではADSLを使えば市内が全部ネットワークでつながるとわかってしまったので、その後はとにかく市内の公共施設にネットワークを引きまくりました。

郵政省(現:総務省)の地域イントラネット構築事業は1998年(平成10年)に始まっていまして、当時「マルチメディア」一色だった郵政省が、インターネット技術を使った地域のネットワーク化に乗り出したのはこれが初めてではないかと記憶しています。伊那市は、実は地域イントラネットを進めた最初の自治体だったのです。

■新産業技術で解決する3つの地域課題 買い物・交通・医療

その後私は、伊那中央病院に配属となり、ここでは遠隔医療に関わることになりました。この経験が後述する医療MaaSにつながっていきます。どの地方でも問題になっていると思いますが、共通する地域課題は、医療・買い物・交通の3つです。伊那市では医療MaaSやドローン物流、ライドシェアに取り組んだわけです。

2018年(平成30年)4月に、企画部企画政策課に、新産業技術推進係が新設されまして、呼ばれました。背景には地域課題が非常に健在化しており、これらを新産業技術でなんとか解決を市長が政策として進める段階にきていましたので、これまでのことを考えると、とてもやりやすい環境に放り込んでいただきました。

■ドローン物流プロジェクト・ゆうあいマーケット

課題の一つ目は買い物と物流。伊那市ではドローンによる物流プロジェクトをはじめました。

まず2つのドローン物流の構築事業を2018年(平成30年)に立ち上げました。「空飛ぶデリバリー事業」(2年間)と「アクア・スカイウェイ事業」(3年間)で、地方創生推進交付金を使って取り組みました。

「空飛ぶデリバリー事業」は、ドローンを使って配達する仕組みを作りました。「アクア・スカイウェイ事業」は、さらに川の上をドローンの物流経路として遠距離まで配送網を構築する仕組みです。さらにケーブルテレビを使った注文システムも開発しました。伊那市はケーブルテレビが発達していて、ほぼ100%で普及していましたので、高齢者の方の買い物システムとして、使い慣れたケーブルテレビのリモコンで注文できる仕組みをハイブリットキャストというデータ放送の技術を使って構築しました。

昨年の8月から「ゆうあいマーケット」として事業化しまして、ドローンが平日の午後に毎日飛んでいます。11時までに、データ放送またはコールセンターの電話で注文すると、地元のスーパーが商品をピックアップして、ドローンにのせて、各方面にドローンを飛ばします。現在は法律上、お宅の庭先までは届けられないので、近くの公民館におろして、そこからはボランティアが見守りも兼ねて各お宅に届けています。

■AI自動配車乗合タクシー ぐるっとタクシー

次は交通の課題についてです。AIを使った自動配車乗合タクシーを、実証実験を経て昨年4月から事業化しました。

背景として、本数が少ないのでライフスタイルに合わない、坂道が多いのでバス停まで行くのが大変といった理由で、バスを走らせてもほとんど乗ってくれないことがあります。中山間地域は車がないとどうしようもないというのが今までの常識だったのですが、高齢者の事故が増加し、免許証の返納も増えてきています。タクシー運賃も高いですし、台数や運転手の確保にも限りがあります。

それで、AIによって自動配車する仕組み、それも乗合をする仕組みとして、はこだて未来大学の学内ベンチャー「未来シェア」と一緒に、SAVS(Smart Access Vehicle System)というAIを使い、乗り合わせの配車をオンデマンドで行う仕組みの実証実験を2018年(平成30年)から行い、昨年の4月1日から事業化しています。

あくまで福祉目的として利用者は65歳以上限定にし、運行時間も制限して実施しています。自治体がやっているからには、民間事業と差別化をはかる必要があるからです。それでもドアツードアで、利用料金500円でエリア内どこにでも行けます。お迎えもちゃんと自宅の前まで来てくれるので好評です。

3月末の状況で、対象地域の高齢者8,837人のうち、利用登録者数は1,498人です。一日平均34.1件の利用です。重要なのは乗合率で、AIが効率的にやっているのは乗合のところで今38.8%くらいです。40%を超えてくると、待ち時間が多くなってしまいます。その場合には車を増減できます。例えば午前中は配車を増やして、午後は減らすなどの調整を、非常に柔軟に行うことができます。これがAIオンデマンド運行の特徴です。

最後の課題の医療ですが、ぐるっとタクシーで医療機関への通院はできますが、その医療機関が医師不足やコロナ禍で患者が受けられない。それならば医療サービスをドローンの買い物サービスみたいに、おうちまで持っていってしまったら、ということでMaaS(Mobility as a Service)の仕組み、交通の仕組みを考えました。

■モバイルクリニック

最近大きく話題となっているのが、医療型MaaSのモバイルクリニックです。ソフトバンクとトヨタ自動車が設立したMONETテクノロジーズと、フィリップスジャパン、伊那市が連携して行っています。

医療MaaSは移動診療車両「モバイルクリニック」に医療のサービスを載せようということからスタートしました。

約半年かけてつくったのがこれです。トヨタハイエースの福祉車両をベースに改造しました。

車内には医療機器を乗せています。これハイエースで車高が高いので、ステップを上がれない方用に車いすで乗れるリフトもつけました。この車は「診療所」ではありません。じつはオンライン診療を適切に提供する車をAI自動配車でおうちまで提供する仕組み、として構築しました。

一番大事なのは運行システムです。この車も、先ほどのAIタクシーの運行システムと同じ仕組みを持っています。しかし、この車は、患者さんが共有するのではありません。これは医療機関、すなわちお医者さんや看護師さん、または介護の人たちなどが、この一台の車をMaaSの運行システムで効率よく共有することができます。

モバイルクリニックは、慢性期疾患の患者さん、とくにスマホなどの扱いに慣れていない高齢者のかたのところにこの車が行って、オンライン診療を受けられます。この車には看護師さんが乗り、お医者さんは病院にいて、オンラインで診療してもらう。一般のオンライン診療に比べて、患者さんは看護師の補助を受けて車内というプライバシーを確保した通信に最適な空間で安心して受診ができ、医師は看護師の補助や車載の聴診器等で質の高い診察を行うことができます。

昨年の6月から今年の3月までの9カ月間で、およそ36名の患者さんに、オンライン診療を約100件行いました。今は伊那市医師会の6つの開業医と、基幹病院の伊那中央病院でこの車を共有運行しています。運行システムを見ていても2倍くらいに増やしてもいけそうなので、今後参画を増やしていく予定です。

■モバイル市役所

じつはこのマルチモーダル、いわゆる交通の最適化「MaaS」というのは、医療だけではなくて、色々なことに使えます。伊那市の方では、行政のサービスもおうちまで届けるモバイル市役所の取り組みを始めました。

また、ドローンも大型化させて、山小屋への荷揚げに活用しようと計画しています。現在のゆうあいマーケットの自律型無人自動ドローンの技術を使って、100kgくらいまでの大容量を運べるVTOL(垂直離着陸機)の開発が民間で進んでいます。

基礎自治体がデジタル社会を推進する目的

伊那市では、いわゆるIoTとかICTとかDXと呼ばれる技術を目的にするのではなく、まず地域の課題を解決するときに、どのような技術を使うかというアプローチをしています。

地域の課題は生活、サービス、経済、環境、社会の課題などいくらでも落ちていて、それを一番知っているのは地域の現場にいる、特に市町村の公務員の皆さんです。その課題を、きちんと法律に基づいて解決していく、技術はツールとして的確に入れていくことで、いわゆるスマートシティとかはおのずと出来上がっていくのでしょう。

伊那みたいな小さな自治体でも、たった3年間で、これだけのことができているわけなので、その地域にある資源を見直して、民間企業の力を借りて的確な技術を使っていくことです。私が20数年間やってきて、技術の良しあしは自分の目で見て、確かめて、できると思えばそれが正解なことが多い。あとは最後に大事なのはそこに関わる人と地域だと思います。

これからの少子高齢化時代で、持続可能な自治体を構築していくことは地方自治体の命題です。今回のSDGsデジタル社会推進機構の取組みは、ノウハウと人脈のない地方自治体にとって非常に歓迎すべきことだと思っています。期待をしております。