開催レポート

開催報告 ODS第7回研究会(中編)
「地域課題×企業課題でイノベーションを! ラックとJTB、企業側から見たワーケーションの新たな可能性」

一般社団法人SDGsデジタル社会推進機構(Organization of SDGs Digital Society、略称:ODS)は7月8日、第7回研究会「テレワーク、ワーケーションを活用した地域の活性化~移住、定住、関係人口の増加を目指した自治体の取組みを探る~」をオンラインとリアルのハイブリッドで開催した。中編では、企業側からのワーケーション推進事例として、ラックによる「北海道旭川市におけるセキュアなテレワーク環境整備による地域活性への取り組み」と、JTBによる「最新の企業ニーズから紐解く企業にとってのワーケーションとは?」の2講演についてご紹介したい。


「北海道旭川市におけるセキュアなテレワーク環境整備による地域活性への取り組み」
株式会社ラック 新規事業開発部長 又江原 恭彦 様

 

なぜセキュリティのラック社が「スマートタウン構想」なのか?

ラックは現在、新事業として「town/smartx事業構想」を中期経営計画に掲げて取り組んでいるところだ。「なぜセキュリティ企業の老舗企業がタウンなのか?」と不思議に思う方もいるだろう。これまで同社は、企業の情報システムやOAシステムのセキュリティを中心に事業を展開してきた。ところが最近でセキュリティの範囲も広がり、工場系や医療系などにも万全な対策が必要になってきた。

そのような中で、さらに同社はセキュリティのカバーリングを広げ、政府が進めているスマートシティについても「街を守る。」という新たなミッションを加え、安全なプラットフォームづくりのフィジビリティスタディ(実証実験)を産官学などと進めているところだ【図1】。すでにラックは、北海道旭川市から、新潟県妙高市、福岡県北九州市、長崎県長与町、大分県姫島村で実証実験をスタートさせており、関西圏などでも順次展開していく構えだ。

【図1】ラックのミッション。政府が進めるスマートシティについても「街を守る。」という総合的な観点で、安全なプラットフォームづくりの実証実験)を産官学などと進めている。

ラックのスマートシティ向け総合的セーフティ・サービス「smart town」の事業を牽引してきた又江原 恭彦氏は「新規事業を進める中で、このままでは国内の地域が大変なことになる」と強い危機感をあらためて感じたという。もちろん、この危機は地方都市だけのことではない。同氏の出身地である都内の中野区でも、小中学校や近所の商店街がなくなってしまった。今後も国内の人口減少は避けられず、地域も市場も衰退していくことは確実だ。

そこで「ラックの事業シナジーを一旦横に置いておき、まずは公民連携・一点突破で市場づくりに参加すべき」という判断を下し、smart townに加え、smartx事業を併走させているという。

又江原氏は、いま各地域を訪問しながら多くの研究会などに参加し、対話を重ねながら同社の構想を丁寧に説明している。そして地道な地域活性活動を続ける中で、北海道旭川市にテレワーク施設をオープンさせた。この施設は6月末までトライアルで関係者に利用してもらい、7月から正式にオープンしている。

日本一セキュアなテレワーク施設を旭川市との共同設計で実現!

北海道旭川市にラックがテレワーク施設をつくった背景は、もともと旭川市や周辺地域へ出張する人々が数万人と多かったからだ。ただし、仕事をする作業環境がないため、同市内に出張者が留まることは少なかった。

「そこで仕事ができる拠点を考えました。地域でヒアリングすると、宿泊施設や飲食施設は十分にあり、そのレベルも非常に高いと感じました。しかし事業性に乏しく、何か新たな産業創出が必要になるだろうと考えました」と又江原氏。

折しも旭川市が市内にICTパークを開設し、内閣府地方創生テレワーク交付金事業にも採択された。隣接するビルの一郭が空いていたので、ラックは事業共創の仲間づくりが可能な拠点として、ワーケーションをテーマにした施設「Worcu-pet」(https//worcu-pet.lac.co.jp/)を設置することにしたという。

又江原氏は「地元の方々にも参加してもらうため、施設名も公募しました。Worcu-petは、Workとアイヌ語で旭川を意味するcu-petを合わせた名前です。デスクの素材も旭川産、製作者も地元企業、オール地元で参加しています。市や地域関係者との一体感が欲しかったのです」と地元へのこだわりを示した【図2】【図3】。

【図2】ラックが旭川市に開設したワーケーションを施設「Worcu-pet」。デスクの素材も旭川産、製作者も地元企業。 市や地域関係者との一体感が欲しかったという。

【図3】Worcu-petの内部。大人数の会議室だけでなく、個人用の会議室もある。出張時の作業スペースだけでなく、豪華なマッサージチェアも配置され、仕事の疲れを取る配慮も。

もちろん、ここではラックのサービスは一切使っていない。地元の事業者に参加してもらい、実証実験を兼ねながら、運営を行うことにしている。事業領域もB2BよりB2Cに力点をおいてチャレンジしていく方針だ。

又江原氏は「施設をつくるにあたり留意した点は、入退室がスムーズに行えるように無人・顔認証とし、デスクはオープンすぎず窮屈な個室でもない、丁度よいものに配慮したことです。また一般的な会議室に加えて、個人用の会議スペースも設けました。リモート会議を行う際の回線速度にも気を配り、無線Wi-Fi以外にも、万一のために有線ポートも敷設しました」と、セキュリティ企業の老舗としてのこだわりを披露した。

ラックとしては、本施設を使って会員の交流イベントやサービスの実証実験、旭川市やICTパークとの連機のほか、地域住民や子供たちへのボランティア活動にも貢献していきたいという。

「とにかく人に来てもらい、コミュニティが形成されることで、何か新しいものが生まれる可能性に期待しています」と抱負を語る又江原氏。昨年の5つの地域だけでなく、別の地域でも実証実験や、安全なテレワーク施設を展開していく構えだ。


「最新の企業ニーズから紐解く企業にとってのワーケーションとは?」
株式会社JTB ビジネスソリューション事業本部第三事業部営業戦略チーム 柘植 洋一 様

 

ワーケーション好きが高じ、自身もキャリア形成の一環として事業参画

旅行会社の大手、JTBの柘植(つげ)洋一氏は、自身のワーケーションの取り組みについて紹介した。同氏は、JTBの法人営業でインバウンド対応などに従事してきたが、インド法人で海外営業を担当した際に、リモートワークでどこでも仕事ができることを知った。コロナ禍となって、JTBも副業が解禁となり、地域の企業支援活動に従事しながら、各地でのワーケーションを実践中だ。

そもそも柘植氏がワーケーションを始めたのは、コロナ禍で出張や添乗ができなくなったからだ。在宅中心の業務になると、職業がら移動欲求が溜まる。同氏は移動距離によって発想力も高まると感じるようになった。最初はワーケーションのやり方が分からなかったが、どこでも働ける環境が整備され、地方でのワーケーションができるようになり、人生100年時代の新しいキャリア形成の一環としてチャレンジするようになったそうだ。

柘植氏は「ワーケーション関連のWebinarを聞きまくり、長野県塩尻市や愛媛県松山市など、自治体主催の関係人口創出事業で副業を続けています。また地域副業マッチングサイトで事業者と関わり、1年間で約20のプロジェクトにも参画しました。異なる環境で異なる仲間と異なる仕事に関わると、思わぬシナジーが生まれ、越境学習の効果が得られます。地域の住民も自身のポテンシャルを見出し、スキルを再発見してくれます」と語る。

たとえば、本業で当たり前のようにやってきたことが、他業種に行くと重宝がられたりすることもある。柘植氏も会議の議事録作成で同様の学びがあった。するとワークエンゲージメントが高まり、さらにやる気も起きる。このようなワーケーション効果を本業に持ち帰った同氏は、従来の「ワーケーションをやりませんか?」という単なる勧誘だけでは響かないと実感し、「企業が本当に何をしたいのか?」という点に主眼をおくようになった。

ワーケーションの意義は、地域課題と企業課題の掛け合わせによるイノベーション

ワーケーションの認知度は以前よりも高まっているが、企業導入については膠着状況が続いていた。その中で潮目が変化したのが2021年後半からだ。これは、まさに基調講演で関西大学の松下氏が解説した「Workation2.0」と重なる時期だ。コロナ禍で浸透したテレワークを契機に、ワーケーションという新たなニーズが生まれ、実際に何かアクションを起こしたいと考える企業も多くなっている。

柘植氏によれば「独自に行ったヒアリングでは、テレワーク実施企業は35社中31社、ワーケーションのほうは10社が実施していました。一方でテレワークではリアルコミュニケーションが不足することが課題として挙がっていました。特に2020年以降の新入社員は集合研修の経験がないといった声も聞かれました。そうした企業がワーケーションに関心を持たれており、ワーケーションのモニターツアーがあれば参加したいと答える企業担当者が約半数ほどを占めていました」という。潮目が変わったのは2021年後半からとのこと。

とはいえ、真の意味でワーケーションのニーズを掘りきれていないのが実情だ。逆に言えば、そのニーズを捉えればワーケーションが広まる可能性が十分にあるということだ。

柘植氏によれば「企業にとってのワーケーションの意義とは、地域課題と企業課題の掛け合わせ磨き上げによって、イノベーションが生まれることです。たとえば企業の人事課題が地域と交わることで解決されるケースも多いのです」と力説する【図4】。

【図4】企業の人事課題が地域と交わることで解決される事例。企業側では、シニア社員の活性化、ワークエンゲージメント、リアルコミュニケーション、人事課題などが挙げられる。

少子高齢化・人口減、関係人口創出という地域課題は、企業にとって人生100年時代のキャリア形成を求めるシニア社員を活用できる。いま60歳以上の社員の再雇用コストが経営を圧迫しているという話もある。定年までに会社以外の場所でキャリアを積み上まないと、新たなステージでのチャレンジができない。40代から徐々に会社以外での地域に関わってくると、新しい仕事を見い出せるのだ。

「もし企業がそういうシニア人材を増やしたいなら、地域課題解決型ワーケーションによって、地域企業の壁打ち相手になったり、農業や漁業体験などの体験などで、自身の可能性を発見できると思います。実際に気仙沼市内の企業とコラボレーションして、シニアの力を活性化しようとしています」(柘植氏)。

地域の人手不足やノウハウの枯渇といった課題も、越境学習によって都市部の人材スキルを移せば、新たなワークエンゲージメントが高まり、Win-Winの関係が築けることもある。地域のテレワーク施設の稼働率も、都市部の企業が地域に訪れることで解決するだろう。幅広い業種で、企業の人事課題を解決するアプローチとしてワーケーションの可能性が認知されつつある。

このようにワーケーションは、いつもと違う環境で、違う仲間と違う仕事をすることで、越境学習効果と、チーム複業(副業)からの学びによる掛け合わせ効果、さらに地域住民のポテンシャルの表出、自分のスキルの可視化という数多くのメリットがあるわけだ。いずれにせよワーケーションは人がキモだ。柘植氏のように、地域側と都市側を結ぶ中間人材がいると、新たな案件とともに相乗効果が生まれるだろう。

(取材・文 井上 猛雄)