開催レポート

(会員限定公開)【開催報告レポート】第19回研究会
「顔認証世界一の今岡氏と考察するスマートパス構想 」
~加賀市、和歌山県南紀白浜の顔認証技術の活用事例~

11 月8日、ODS正会員向けに第19回研究会が開催されました。
本研究会では、ODS理事でありNISTの顔認証ベンチマークで世界一を獲得したNECの今岡 仁氏による基調講演や、空港を起点に複数施設を横断した先進的な顔認証を導入した南紀白浜エアポートの取り組み、顔認証で手ぶら社会の実現を目指す石川県加賀市のスマートパス構想の事例などが紹介されました。

▶当日の研究会内容および登壇者はこちらからご確認ください


顔認証技術で社会貢献を目指す! NECフェロー、今岡氏が最新動向を解説

基調講演では、NECフェローでODSの理事も務める今岡 仁 氏が「自治体における生体認証とID活用の未来」をテーマに顔認証の最新技術を解説した。今岡氏はNECが誇る世界No1.の顔認証技術(アルゴリズム)を開発した人物として知られている。

そもそも認証技術は、暗証番号・パスワードといった「知識認証」、キーやカードなどの所有を前提にした「所有物認証」、本人の身体的・行動的な特徴をベースにした「生体認証(バイオメトリクス)」に分類される。これらの技術の中で、パスワードの場合は覚えきれないし、認証が多くなると管理も大変になってしまうという欠点がある。そこで現在、従来のパスワードによる知識認証が徐々に生体認証に置き換わってきている。



いまや生体認証は、さまざまな分野で利用されるようになっている。例えば、入出国や税関などが必要な空港では、全世界約80の空港でNECの生体認証が採用されている。インドやベトナムでは国民IDとして、セブン銀行では口座開設時の本人認証に、トライアルでは店舗決済に、積水ハウスではドア開錠や共用施設予約などに顔認証が使われている。NEC本社では、デジタルIDと連携することで、多くのシーンで顔認証エッジを展開中だ。

実はNECでは、大阪万博に向けて顔認証による入場や決済が可能なシステムも構築しているとのこと。決済に関しては、独自の電子マネー「ミャクぺ!」を用意し、会員登録すると万博会場内外で顔認証決済が可能になる(Visaタッチ決済とiD決済に対応)。同社としては、この顔認証システムとキャッシュレス決済・EXPO2025デジタルウォレットサービスが連携し、街中から万博会場までシームレスに顔認証を活用できるリッチ体験を提供していく予定。



今後の展望としては、生体認証でのシンプルな決済・入出金や、仮想通・デジタル通貨の利用時はもちろんのこと、医療・介護・福祉での本人確認や見守り業務の自動化、災害時における本人確認、感染症におけるワクチン接種の本人確認・給付金支給などにも活用できると考えている。NECでは将来の生体認証技術の普及に向けて、さらなる技術進化とともに、社会的受容性を醸成し、誰でも公平・公正に生体認証サービスをご利用できるように、人間中心のアプローチで取り組んでいきたいとのこと。

南紀白浜が推進! 空港を起点とした顔認証を活用したおもてなしサービス

続いて、地方観光における顔認証利用の事例について、株式会社南紀白浜エアポート 誘客・地域活性化室 室長の森重良太氏が「地域DXの聖地を目指して~持続可能で稼げる観光地づくり~」をテーマに地域13施設と連携した取り組みを紹介した。
南紀白浜は、ハワイのワイキキと姉妹浜のビーチや有馬・道後と並ぶ日本三古湯の温泉もあり、関西圏で大変有名な温泉リゾート地になっている。そこで世界最先端の顔認証技術を活用することで、観光客への特別なオモテナシ体験を提供しているところ。地域まるごと「手ぶら・顔パス・キャッシュレス」をコンセプトに旅行ができることがウリとなっている。全体のプロジェクトの概要は以下の通り。



ユーザーはWebサイトから顔写真・基本情報とクレジットカード情報を事前に登録すると、地域内の主要な旅行動線を押さえる形で各タッチポイントにて、キャッシュレスも含めた特別なオモテナシ体験が受けられる。例えば、空港では手荷物受取りの待ち時間を表示したり、到着ロビーにてウエルカムメッセージを表示したり、空港レストランの飲食や観光チケット類などもキャッシュレスで対応可能。オモテナシは空港のみならず、街に出てからも続く。ホテルでは顔パスでチェックインし、部屋の開錠も可能で、チェックアウト時もキャッシュレスで精算。パンダ飼育数国内最多のテーマパークでは動線を変えてVIP入場にも対応する。最後に空港ロビーに戻るとサイネージに映るパンダと一緒に写真を撮影できて、楽しかった旅の思い出も作ることができる。

このような顔認証プロジェクトのきっかけは、前セッションのNECからの声がけ。民営空港の同社は、空港を起点にした地方創生を目指しており、IoT企業の誘致やワーケーションの聖地化を積極的に進めるべく、本プロジェクトも空港職員がコンセプト立案や地域事業者の巻き込みを支援する形でNECと協業した。本プロジェクトを推進する際は、いかに地域と合意形成して、利用者目線で社会実装していくかという点がポイント



南紀白浜では、顔認証の機能からではなく、旅行者の「新しい未来の旅」という共通ビジョンを描き、地域事業者の共感を得ながら優先順位や必要なリソースを逆算的にバックキャストで進めたことが成功のカギとなった。すでに100件以上も視察来訪やメディアへの掲載が行われており、まさにNECの最先端技術を駆使した「生きたショーケース」になっている。新たな顧客体験価値を起点とした導入プロセスも含めたDX推進のお手本として研修プログラムも提供している。この施策に対して旅行満足度が上がり、顔パスで地域の消費活動も活性化しているとのこと。実証実験地として関心も高まり、新たな企業進出や地元企業とのコラボレーションも始まっており、地域経済活性化のビジネスプラットフォームとして、さらなる顧客体験価値を創出と、社会課題の解決まで今後は視野に入れていく予定だ。

顔認証で様々なサービスを“手ぶら”で利用できる加賀市版スマートパス

2024年年3月から石川県加賀市はスマートシティ構想の一貫として、3ヵ所の施設受付を顔パスで利用を開始た加賀市イノベーション推進部 行政デジタル課 課長の岩城秀雄氏が、顔認証を利用した同市のスマートパス構想について解説した。

石川県加賀市は、関西の奥座敷、温泉地として知られているが、7つの大きな生活圏が分散した構造で、企業の99%が中小企業であり、そのうち約3割が製造業を営んでいる。人口は1990年の約8万人をピークに右肩下がりになっており、現在は約6万2000人まで減少。このままだと2045年には人口が半減すると言われているため、人口減少に歯止めをかけるべく、2020年に「スマートシティ加賀」を掲げて、魅力的な街づくりを目指している。

2022年には、北陸三県のうち唯一の国家戦略特区となり「デジタル田園都市健康特区」に認定された。また、国家戦略特区を利用し、加賀市全域を先端技術のテストベット(実験場)として展開しているところだ。例えば、ドローン・エアモビリティ・テストフィールドの設置、ライドシェア・Uberアプリの活用、スマート農業なども展開し、最終的に関連企業の誘致も狙っている。

加賀市では、マイナンバーカードの交付率が94%と全国トップクラスのため、政府・中央省庁と連携したスマートシティDXの先行モデルに採択され、スマートパスの導入に踏み切った。ここで顔認証による顔パスとマイナンバーカードを組み合わせることで、行政上の手続きなどに使おうとしている。もちろん、行政面だけでなく、市内施設の受付から決済まで、官民双方のすべてのサービスを顔パスで認証できる生体パスポートを提供予定だ。



具体的な構想に向けて、いま実証実験を進めているのが「屋内公園」「医療機関」「避難所」での活用だ。子育て支援施設である屋内公園では、市民は無料の施設利用料の支払いを適性にするため、市民向けの会員証の貸借の不正利用を減らし、市内住民の確認を迅速化することで、受付事務の負荷を減らしたいという課題がある。また、医療では診察券の代替として利用し、待ち時間の短縮と混雑の緩和につなげようと考えている。避難所に関しては、被災時に避難民を可視化し、受付業務の効率化や罹災証明の発行を素早くしたいという狙い。

例えば、屋内公園では、手書きだった利用受付が顔パスに変わり、スムーズに手続きが済むようになった。加賀市医療センターでは、再検診時の予約票の受け付けを顔パスで実施。患者の診療検査の予約や投薬・検査履歴を参照し、適切な医療の提供なども予定している。避難所での利用については防災訓練の場で、手ぶらで住民の本人確認が可能なことを実証した。

このように加賀市ではスマートパス構想を多様なシーンで活用できるように推進しているところだ。



北陸一帯のデジタル活用と、震災復興を情報通信政策から活かす将来の展望

最後の講演は、災害が続いている北陸から、総務省北陸総合通信局 局長 菱田光洋氏が登壇し、北陸地方の復興に向けた情報通信政策を紹介した。

今年の元旦に大きな地震に見舞われた能登半島だが、追い打ちをかけるように9月にも豪雨災害が起きて、再び大変なことになりました。この豪雨はこれまで経験がないようもので、地震のダメージを受けたうえに、豪雨で木々が流されて、あたり一面が土砂で覆い尽くされてしまいました。
この時我々は、通信確保のために奔走し、避難所に衛星携帯電話を届け、各キャリアと協力して衛星インターネットの「スターリンク」をつなげました。山にTV放送の中継局があるため、停電した設備は非常用電源で稼働していましたが、それも数日間が限度です。そこで電源用燃料を自衛隊機で空輸してもらうように依頼しました。結果的に3大インフラの道路・水・電気+通信の現状(2024年10月16日現在)は以下のようになっています。



今回の災害では前出のスターリンクが大変役立ち、発災後に大手キャリア3社から支援があり、避難所のほか、災害対応機関に合計660台(総務省の100台分を含む)のスターリンクを配備。
断絶した通信を衛星回線経由で接続して基地局の応急復旧に取り組んだとのこと。



また、総務省では、能登半島地震の復旧に向けて臨時予算を確保し、光ファイバーやケーブルテレビの補助率を3分の2(従来は3分の1の補助金)に上げて、通信事業者を支援した。迅速な対応を行うために、補助事業の施越で復旧事業承認(大まかな見積)も実施。

能登関連では明るい話がない中、3月に北陸新幹線の金沢・敦賀間が延伸され、東京から約3時間で結ばれるようになった。お盆時期には前年比26%増の39万7000人が訪れ、1日あたりの平均利用者が過去最高を記録。北陸復興に向けて、観光客を増やすために、北陸を回って京都に行く「ニューゴールデンルート」を広めた結果、いま金沢周辺でインバウンドが急増している。

また、能登半島は人口減少や少子高齢化も大きな課題になっており、災害復興と同時に関係人口の拡大にも力を入れている。たとえ移住が難しくても、まず地域に一時でもよいので滞在してもらうために、コワーキングスペースやサテライトオフィスを促進したり、レベル4の自動運転などの先端モビリティ技術のサポートも実施している。

総務省では、地域活性化に向けて「地域社会DX推進パッケージ事業」を令和7年度概算要求に盛り込んでいる。持続可能な地域社会を作るためには、デジタル技術を実装し、省力化や活性化などによる解決が求められている。



実際に高岡市ではWi-Fi HaLowを利用して、冠水しやすいアンダーパスを遠隔で監視してアラートを投げたり、加賀市では自動運転に向けて雪害対策のためにカメラでもモニタリングする実証実験を行っている。

また、総務省では、北陸の地域課題を解決していく事例を作ることで、ICTスタートアップ創出のエコシステムを生み出せると考えている


パネルディスカッション~顔認証技術を導入する際の合意形成をどうすべきか?

各人による講演のあとに、パネルディスカッションも開かれ、モデレータは、基調講演に登壇した今岡氏が務めた。

今岡氏は、顔認証技術を導入する際のユーザー側への合意形成について質問した。

この点について、加賀市の岩城氏は「もちろん規制面での調整や、ユーザーが安心して使えるように情報も開示して、しっかりと合意を得なければなりません。個人的には、顔認証に関してはデータを学習しているわけでなく、数値として照合しているだけなので安全という認識です。マイナンバーの導入が始まり、避難所での健康や薬の情報などに使えるケースがありました。こういった点をアピールすると、顔認証も受け入れられやすいのではないかと感じました」と答えた。

南紀白浜エアポートの森重氏は「行政とはリスク回避の視点からガイドラインの見直しで調整しました。民間ではビジョン共有の観点から5年後の未来の姿を示して合意してもらい、ハードルを乗り越えました」とのこと。総務省北陸総合通信局の菱田氏は「マイナンバーカードと顔認証を平時から結び付けておけば、緊急時でも顔のみで認証できるようになるので便利だと思います」と提案した。

最後に、今岡氏は、現在までの取り組みと今後の抱負について各人に訊ねた。

森重氏は「いま大企業も含めて約20社が南紀白浜でサテライトオフィスを開き、社会課題を解決する実証実験に参加しています。DXの力と顔認証技術で南紀白浜を“シラコンバレー”にしたいですね」と抱負を語った。

岩城氏は「関係人口という観点から、電子上の市民・e-加賀市民制度を設けています。それを利用するといろいろな特典がありますので、ぜひ加賀市に関わって頂けると嬉しいです」とアピールした。

菱田氏は「関係人口と言う点では、定住しなくても1ヵ月ぐらいサテライトオフィスで仕事ができるでしょう。金沢や加賀には温泉地もありますし、カニなどの美味しい料理もたくさんあります。東京と二拠点生活も可能でから、ぜひ短期間で良いので遊びに来てください」と締めくくった。

 


(取材・文 井上猛雄)