レポート|情報処理学会関西支部・行動変容と社会システム研究会 第4回研究会(BBA後援)
BBA理事を務める、奈良先端科学技術大学院大学・荒川豊准教授がオーサライズする情報処理学会関西支部・行動変容と社会システム研究会 第4回研究会が、BBAも後援する形で6月26日に、大阪・グランキューブ大阪にて開催されました。今回のこの研究会では『地域、医療、IT』といった切り口からの行動変容に関する講演が行われ、2名の招待講演のほか、BBA利活用部会長である木暮祐一氏や、BBA会員企業であるレイ・フロンティア株式会社COO・澤田典宏氏を含む、4つの一般講演と、4つの企業講演が行われました。
この研究会の中心となった2つの招待講演とBBA関係者の2講演について、その概要をご紹介します。
■招待講演1
「医学を基礎とするまちづくり(Medicine-Based Town)”MBT”次なる一手」
奈良県立医科大学MBT研究所教授 梅田智広 氏
奈良県立医科大学では地域において産業創生を行うと共に地方創生に寄与する取り組みとして、少子高齢社会を快適に暮らすことができるまちづくりの実現を目指すMBT(Medicine-Based Town、医学を基礎とするまちづくり)に取り組んでいる。本学が持つ医学的知見やノウハウをすべての産業に投入することによって地域の発展に貢献することを目指している。
老朽化が進んでいる本学キャンパスを2012年に新キャンパスに移行する計画がある。今ある教育、研究、看護部門を新キャンパスに移転、臨床部門と附属病院は現在地で再整備を図る。現キャンパス12ヘクタールのうち4ヘクタール分が更地になるが、ここに最新鋭のICT、IoTを導入し、周辺地域を含めて再開発を進めていく。一方、新キャンパスのほうも最新設備を投入し、現キャンパスと連携させていく。医学・病院を中心とした街づくりができる立地がある。それを進めるにあたっては街全体を含んだ「連携」を打ち出している。企業と大学が手をつなぎ、目的に応じた分科会などを作って交流を進め、技術の開発、活用などを進めていく計画である。これまで演者は長年に渡ってウェアラブル周りの開発や、収集したデータのプラットフォームづくりなどをやってきた。バイタルサインをどこに集めるかと考えた場合、これこそ地域において病院を中心にやるべきと考え、取り組んできた。これらを国が作った仕組みにつなげるところにも着手した。
また、地域住民の見守りにも取り組み、それらを商品化してきた。ウェアラブルに長年携わってきたが、ウェアラブルはそれほど流行らないと見込んできた。高齢者をずっと見てきた中で、毎日装着する人がどれだけいるのか疑問だった。ウェアラブルだけでは取れないので、さまざまな環境データと組み合わせて解析し、サービスを提供していくことを考えている。とくにセンサー類の活用も積極的に行ってきた。たとえばレーダーを活用した生活中見守りサービスを開発し、ハウスメーカーと連携して開発、実証研究なども行った。目的としては、人の状態をいかに可視化するかということ。できる限り少ないバイタルサインで、できる限り価値ある「状態予測」をやりたい。何をどういう指標で取るか。人そのもののデータも重要であるが、じつはその人そのものよりも、生活する環境のデータとの関連を見ることが重要ということも分かってきた。どこにいてどういう状況にあったかを、バイタルと気象データと室内データなどをすべて取って予測している。
気象情報、ビーコン、自販機センサー等によるIoT宅外機械見守りシステムの実証と実用化や、スマートメーター、音・湿・照度センサー、身体表面検知システム、バイタルセンサーによる宅内機械見守りシステムの実証と実用化などを進めてきた。これらを用いて、地域住民個々の健康状態のスコア化を行い、未来予測のシミュレーションができるようなサービスを提供していきたい。
■招待講演2
「ながはま健康ウォークが見据える未来」京都大学大学院医学研究科教授 黒田知宏 氏
滋賀県長浜地域でウォーキングイベント「みんなで一緒にながはま健康ウォーク」というものが行われている。このイベントで、演者らが開発した「てくペコ」システムを用いて携帯電話等で計測された歩数データをチーム単位で集計し、10日のイベント期間中に、1人最低20km、チーム全体で40km×人数分の距離を完歩することを目指すというものである。参加者は5人1組、または3人1組で参加費を払ってイベントに参加する。完歩すれば、参加費と協賛企業の出資とで購入された景品を獲得できる抽選会に参加できる権利を得る。
完歩できなければ参加費没収となるため、目標達成のために歩く歩数が伸びるほか、隣保制度(5人組制度)の効果、すなわち他のメンバーが目標歩数を達成しているのに自分は到達していないので気が引ける、その分別の日にたくさん歩いて補完するといった気持ちが行動変容を促すことになる。
これまでにこのイベントは一定の成果をあげており、現在ではおよそ1,000名程度が参加する大きなイベントに発展している。そして歩行記録からもアンケート調査の結果からも、隣保制度の存在が運動への強い動機付けになることが示された。一方で、長浜市では特定健康指導対象者に同イベントへの参加勧奨を積極的に行っているが、これは必ずしも成功に至っていない。その理由として「面倒」などの理由や「体調の不調により1日4kmも歩くのは困難」などの声が上がる。今後は参加者に併せた目標設定をする必要性も示唆される。体調の不安を考慮に入れた活動メニューを策定し、そこに導く介入が必要である。いわば、自分の体調を見守ってくれる「守護霊」のようなエージェント(人工知能)が求められる。このエージェントを動かすためには、正しいデータが与えられる必要がある。複数の医療機関で発生した情報を集積するEHR(Electronic Health Record:生涯電子カルテ)や、ゲノム情報を臨床情報の変遷とともに集積するクリニカルバイオバンクなどの構築が世界各国で進められているが「病気」のデータだけのデータベースでは日常生活の支援はできない。日ごろの健康情報を集積するPHR(Personal Health Record:個人健康情報レポジトリ)をEHRと組み合わせて活用することが必要。しかしPHRの実現は必ずしも容易ではない。
ながはま健康ウォークは守護霊エージェントを実現する第一歩。今後はPHR利用者にも社会にも受容されるサービスを目指したい。
■一般講演
「スマートシティと行動履歴データの活用」
レイ・フロンティア株式会社 取締役 CCO 澤田典宏 氏(BBA会員企業)
レイ・フロンティア株式会社ではライフログアプリ「SilentLog」を提供している。アプリを起動して持ち歩くだけで移動手段、距離、時間、歩数、滞在場所を自動で記録できる。カメラで写真撮影すれば、その行動履歴上に画像がマッピングされる。これを用いて、昨年は国際航業株式会社と組んで仙台市グリーン・コミュニティ 田子西のスマートシティで、健康増進に向けたスマホを活用した実証実験も展開した。シニアを対象にした実証実験であったが、スマホを必ずしも使いこなせていなくても「意識させるだけでも行動は誘発される」ということが明らかになった。
このSilentLogから得られた行動履歴データは多方面に応用ができる。一例として神奈川県における分析事例を紹介したい。神奈川県の玄関である横浜駅周辺は近隣の商業施設との商圏の重なりや鉄道中心の都市構造が影響し、休日における横浜駅離れが懸念されている。横浜駅前の活性化を目的に、横浜駅前に“来ていない人”を分析し、人物像を推測して施策を提案したい。周辺で人手の多いスポットとしてジョイナス・高島屋、ららぽーと横浜、ラゾーナ川崎、テラスモール湘南を事例に来訪者の居住地、年齢層等を見ていく。それらを元に、横浜駅に来ていない人を定義し、ペルソナ分析の手法を用い、具体的な人物イメージに落とし込んでいく。実際に想定した人物像は、42歳男性(既婚、子ども1)、33歳女性(独身)、45歳女性(既婚、子ども2、二世帯住宅)、35歳男性(既婚、子ども1)。これらの人たちを横浜駅周辺に誘導するためにどういうタイミングに、どのようなイベントを仕掛けるかを企画する。
SiletLogを用いればターゲットの行動変容を視覚的にとらえることができるので、その分析結果からPDCAサイクルにそって改善を重ねていくことができると結んだ。
■一般講演
「地域振興を目指したモバイルによる行動変容への下地作りの取り組み」
BBA利活用部会 部会長/青森公立大学 准教授 木暮祐一 氏
スマートフォン等を活用して観光客の行動変容を促し、地域振興に資せないかを試みている。観光分野におけるICT利活用は著しく進んでおり、旅行に出かけるための情報収集においては、かつてはガイドマップ等のアナログのメディアから現代ではインターネットを通じた情報収集やSNS等を通じた口コミが重要なものになっている。旅行の手配についても旅行代理店を通した人手を介したものから、オンラインでの手配に変わった。こうしたICTが普及した環境において、スマートフォンを用いたゲームイベントを旅行の契機にできるかを試みた。
具体的には、位置情報ゲーム「イングレス」および「ポケモンGO」を楽しむためのイベントを本州最北端である青森県下北半島の北端・大間町および両隣の風間浦村、佐井村で実施した。地域の商工会からの支援を得て、2015年8月に計4日間の準備活動を実施、2016年3月20日に非公式なプレイベントを実施、そして2016年9月3日にイングレス公式イベント「ファーストサタデー」を開催した。同時に独自の「ポケモンGO」講習会も開催した。結果として、事前にイベントを地方紙4メディアが告知協力してくれたおかげでイベント参加者数は36名となった。ただし多くは青森県内からの参加者で、遠方からの来客は期待に叶わなかった。
行動変容という観点から考察すると、イベントの開催が遠い下北半島へ足を運ぶきっかけとなったという評価があったほかに、このイベントをきっかけに大間町、風間浦村、佐井村など地域に在住する人たちの多くがこのイベントに関心を持って協力してくれたことの成果が大きかった。佐井村ではイングレスと同時に地域の商店で買い物を楽しんでいただこうと、併催のスタンプラリーど独自開催した。その他の地域でも、イベントで来訪した人たちを歓迎した様々な仕掛けが見られた。結論として、来客者の行動変容はもちろんのこと、同時に地域の人たちを動かす成果も見いだせることが分かった。