【開催報告レポート】第14回研究会
「防災DX~防災アプリ・サービス事例と官民データ連携による未来~」
11月20日、「防災DX~防災アプリ・サービス事例と官民データ連携による未来~」をテーマに開催
日本は自然災害が頻発する災害大国であり、その備えとしてデジタル技術による効率的な災害の予測と対策が求められている。
大規模災害時には膨大な業務が発生するが、自治体の人的資源には限界があり、迅速で的確な対応が難しく、業務の効率化や省力化のための標準化がポイントとなる。
このような背景から、災害リスクを最小限に抑える「防災DX」が一段と注目されている。
今回の研究会では、防災DXの意義と諸課題の解決に向けた現状の動向や、具体的なサービスについて各界の識者が解説した。
基調講演:防災DXの意義と防災アプリ・サービスのための官民データ連携
まず、神奈川県のCIO 兼 CDOで、AI防災協議会や防災DX官民共創協議会で理事を務める江口清貴氏が登壇し、「防災DXの意義と防災アプリ・サービスのための官民データ連携」と題して基調講演を行った。
防災DXに限らず、自治体DXの一丁目一番はデータ利活用にある。
その問題点は、多くのシステムが散在し、データを集約しなければ利活用ができないことだ。
特に縦割り行政は一番ネックになるところ。
そこで神奈川県庁では、後述するデータ連携基盤を整備し、データの集約化を進めている。
また、Give&Takeの原則にのっとり、データをもらったら、その結果を返すという2ウェイの文化を変えようとしているそうだ。
「今回のテーマである防災分野の基本的な考え方として、“すべては人命を救う”ために、データの利活用があります。災害関連死を一人でも救うにはどうすればよいのか、その備えのために、どうデータを活用すべきかということが重要です。
我々が目指すべきは、“救助が不要な世界”をつくることです」
突発的な地震以外、たとえばゲリラ豪雨や線状降水帯といった豪雨被害などは、ある程度は予測がつくようになった。
そのため全員避難により救助が不要になれば、すべての人命を救えるはずだ。
以前なら荒唐無稽に聞こえたが、現在のようにデジタル化された社会でデータを駆使すれば不可能なことではない。そこで防災DXが求められている。
では目指すべき「救助が不要な世界」とは、どのようなものだろうか。
発災時から復旧までの各プロセスごとにポイントがある。
たとえば災害前に災害予測ができても、避難ができなければ意味がない。
しかし実問題として、ある地域の全域避難と勧告されても、いろいろな地域があるため住民もなかなか「自分ゴト」として捉えられないケースも多いようだ。
「自分ゴト化するためには“あなたは、ここにいるので危険です”といった、
パーソナライズされたデータを提供できるシステムを作らなければなりません。
防災スピーカーで避難を呼びかけても、住民には音が届かない場合もあります。
スマートフォンでピンポイントにアラートを投げれば、誰もが避難するでしょう」
とはいえ、いざ避難所に集まると、今度は物資がなくて辛い生活が続く可能性もあるため、事前に必要な物資量を確保し、避難所を快適にする必要もあるだろう。
1週間分の食料が事前に確保されていれば避難者も安心できる。
その場所にいる住民の情報を把握できれば、必要物資量の計算は可能だ。
さらに、住民の詳しい家族構成(大人、子供、性別など)も判明すれば、必要品目まで予想できるだろう。
データを利活用して、事前にそういった物資を自動で運んでおけば、避難所でもそこそこ快適に暮らせるようになるはずだ。
一方で、避難所を運営する職員の立場からは、内閣府の避難所運営ガイドライン でもわかるとおり、膨大な量の業務と情報の処理が求められ、避難所の維持運営だけでも大変そうだ。
実は、そのほとんどがデジタル化や自動化できるものなので、職員の仕事の負荷を減らして、ホスピタリティの厚い避難所ができるかもしれない。
また、災害時に避難者は行政から罹災証明書を発行申請する必要がある。これもデータの利活用により、避難者ステータスを可視化すれば、パーソナライズされた支援と有用な情報を提供できるようになるだろう。
「そこで冒頭に触れたデータ連携基盤が求められるのです。
パーソナライズされた個人データを使い、災害情報を組み合わせて、必要な人に必要なデータをピンポイントで提供することが理想的です。
そのためには、防災・教育・行政・医療など各種機関と連携したナショナルレジストリの構築や、民間との連携ポイントの整備、ルール作りを進めて、どんなデータを利用してもよいのか、サービスごとにユーザーから同意を取る必要があるでしょう」
データ統合連携基盤の先行的な取り組みとしては、コロナ発生時や土砂災害などのシミュレ―ションがあり、データが可視化されることで、事前の準備の仕方も変わり、行動変容を促せるだろう。
ただ、防災DXを進める際には「災害時にデジタルだけに依存して本当に大丈夫か?」という懸念もよく出る話だ。
確かに発災直後は固定電話や携帯電話はアクセスが集中するので90%規制が実施され、ほとんど通話できなくなる。
しかし携帯電話のパケット通信は発災直後でも規制を受けにくく、メッセンジャーでの連絡は可能だ。いずれにしても発災直後は3時間以内が勝負になるという。
こういった情報は極めて重要で、発災直後は判断材料として基礎情報をいち早く集めてマッピングすることで、その後の復旧に役立てられます。
もう1つ重要なのはダメージが大きすぎる地域は情報を発信する余力がなく、声を挙げられない点です。声なき情報があることも知っておく必要があります」
このような観点から、神奈川県と各市町村では、共同利用できるデータ統合連携基盤を整備しているところだ。
また、官民のデータを集約し、実際に使い方を体験してもらう「Social Data Initiative構想」もリードしている。その隠れた意図は、たとえ災害を防げなくても、ダメージコントロールができることだ。そのために使えるデジタルはすべて駆使し、情報共有と相互有用レベルを向上させる方針だ。
最終的にすべてがデジタル化されると、行政機関がデジタル市役所として機能し、災害時の出先機関になります。
その礎となるのが本構想です。リアルで何かあっても、バーシャルで生き残れるように、神奈川34番目の市町村としてデジタル自治体を作りたいと考えています」」
このほかにも江口氏は、AI防災協議会と防災DX官民共創協議会で理事を務めている。
AI防災協議会では、命をつなぐデジタルのためにやるべき提言リストを公開しており、この提言で「自助・共助・公助の各セクターと防災分野・DX分野の双方が共通認識を持って議論して歩み寄れる視座の土台づくりを目指す」という。
もちろん自助・共助・公助の努力も大切だが、高齢者や障害を持つ方々を避難させるためには、できるだけそこにリソースを割けるようにする必要がある。
第4の機関として、司令塔となるナショナルセンターが調整まとめ役になることも大事だ。各行政システムが乱立する前にルール作りをするために、防災DX官民共創協議会も発足しており、現在まさに動いているところだという。
AI位置情報テクノロジーが導く住民中心の防災アプローチとは
続いてODS会員企業から、防災DXに資する2つの事例が発表された。
まずレイ・フロンティアの田村建士氏が「AI位置情報テクノロジーが導く住民中心の防災アプローチ」をテーマに、自社サービスの事例を紹介した。
創業から15年以上、位置情報技術を追求してきた同社は、日本初となる防災情報発信システムなどで特許を取っている。また、人流データの利用も進めているところだ。画面上から場所や時間、ユーザーの属性を選択して行動を可視化/分析できるサービスなど、位置情報を利用した多くのアプリも開発してきた。
セキュリティ調査会社のグローバルリスク報告書によると直近2年間、さらに今後10年の予測で「自然災害」と「極端な異常気象」のリスクが挙げられている。日本は特に、このリスクが高いため、インフラまわりの整備が重要だ。地方の住人や若い世代は、安全で災害に強い街づくりを望んでおり、地方自治体も社会課題として認識している。
そこでレイ・フロンティアでは、災害情報共有システムと人の行動データを組み合わせて、適切な情報をユーザーに発信するB2C向けアプリ「SilentLog」を提供中だ。
日々のライフログは、平時のときにどこに出かけたかを振り返ったり、位置を家族と共有できます。
さらに防災機能として、災害時に総務省のLアラートから防災情報を受信し、SilentLogアプリにプッシュ配信します。平時のユーザー行動から、よく行く場所の防災情報の通知も得られ、防災マップやハザードマップにより、どこに避難すべきかを把握できます」
また、SilentLogは他のアプリと連携してデータも集められる。
話題のChatGPT(GPTs)を使って、現在位置を入力するだけで避難場所をルート案内してくれるなど、生成AIを活用したアプローチも予定しているという。
すでに同社では、生成AIを活用した地図生成システムの特許を出願しており、今後はAIを活用した使い方も増やす方向だ。
また、行政視点では、管理者業務を軽減し、市民サービスに組み込めるものが必要です。
ベンダー目線でいうと、職員のデジタルリテラシーを支援し、正確性があるものが求められます」
こういった要求に対する1つの事例として、宇都宮市のヘルスケアアプリが挙げられるという。
さらに人流データも取って、コロナ前後の移動データの違いや、交通網の変化による活動の変化などの観測も行っている。こういった日常データが、いざという有事の際に役立つわけだ。
豪雪地域の防災DX、スターリングエンジンで雪エネルギーの活用も
次にフォルテの葛西 純氏が登壇し、「豪雪地域における防災DXと雪エネルギーの活用」をテーマに、自社サービスの事例について紹介した。
同社は豪雪地帯の青森に本社があり、IoTおよびウェアラブルデバイスやAIシステム、避難所システム、雪からの発電システムなどの開発を手掛けている。防災DXについては、青森は6m以上もの雪が降り積もるため、市民の避難が難しいという大きな課題がある。そこでDXソリューションも「いつ、誰が、どこで、何のために使うのか」を考えて開発する必要があるという。たとえばUI操作がシンプルで、日常で簡単に使えるものが重要だ。
一般的な災害対策は3ステップで分類できるという。まず第1ステップは発災直後から受入の初期対応、2ステップは避難生活が始まる中期対策、3ステップが復旧までの長期対策という流れになるだろう。フォルテは、これらのステップごとに、避難所受付のデジタル化、救助隊の位置可視化、積雪発電の電源確保というソリューションを用意している。葛西氏は、これら防災DXの低レイヤーにあたる共通部について紹介した。
同時に避難者が急増するため受入体制がポイントになります。
我々は、電源さえあれば稼働する避難所受付支援システムを開発しました。有事でネットワークがダウンしても運営できる点が大きな特徴です」
従来の避難所への受入は、避難者が専用カードに個人情報を書き込むものだった。
これをベースにして、避難者一覧を紙に転記し、さらに職員がPCでExcelにデータを手入力するという非効率的な作業を行っていた。そこで同社では、待ち時間の長い避難所の受付に対して、デジタル化に特化した前出のシステムを開発したという。
具体的なシステムの仕組みは、LAN環境と蓄電池のみで利用できるシンプル構成だ。
まず避難所の入口で検温し、顔認識によりQRコード付き整理券が発券される。これが避難所での一意のコードになり、その後に専用タブレットでQRコードを読むと避難者のトリアージが行える。
これまで紙ベースでの受入体制では一人あたり3分ほど時間を費やしていましたが、本システムならば平均15秒で処理でき、その短縮ぶんを避難所の別の初期対応に回せます」
次に避難生活が始まる中期対策では、物資対応や被災者の確認も必要だ。
そこでフォルテは、耐環境性の高い専用GPS端末を利用したサービスを展開中だ。給水車や支援物資の到着確認や、逃げ遅れた高齢者や子供の避難確認などをチェックできる。端末にはSOS用ボタンや行動開始ボタンもあり、救助信号を送ることも可能だ。降雪地帯ではクルマも通行止めや渋滞に巻き込まれるため、車両や人の位置をリアルタイムで把握できる工夫も求められる。端末を普及させるためにレンタルにも応じるという。
また、同社では、避難生活が長期化した際のユニークなソリューションも提供している。避難所に小型発電所を構築し、積雪発電によりエネルギーを確保するものだ。
発電システムのサイズは横30cm×高さ45cm、重量49kgと小型で、人の会話程度の騒音しか発せず、年間1.2万kw/hの発電が可能だ。これを12台カスケード接続すると14.4kWのエネルギーを生み出せるため、避難所でも十分に電気を確保できる。すでに青森県ではプールに雪をためて実証実験を行った。またニセコリゾートでも発電と融雪の実験を試みているそうだ。
そこで太陽光やバイオマスによる熱源と、雪の温度差からスターリングエンジンを動かし、エネルギーを生み出すことにしました。このエンジンが温度差で動くのは、エンジン・シリンダー内のヘリウムを外部から加熱・冷却し、体積変化で仕事をさせるからです」
発電システムのサイズは横30cm×高さ45cm、重量49kgと小型で、人の会話程度の騒音しか発せず、年間1.2万kw/hの発電が可能だ。これを12台カスケード接続すると14.4kWのエネルギーを生み出せるため、避難所でも十分に電気を確保できる。すでに青森県ではプールに雪をためて実証実験を行った。またニセコリゾートでも発電と融雪の実験を試みているそうだ。
このようにスターリングエンジンは、雪国で長期避難生活の非常用電源として利用でき、これまで厄介だった雪のイメージを「利用価値のある雪」へと一新する。そこで同社では、本ソリューションをお金やエネルギーを生み出し、同時に防災にも役立て、生活を豊かにするものとしてブランディングしていく構えだ。
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